2012年4月28日土曜日

さくら/西加奈子・著

家を出た父が3年ぶりに戻る、という知らせを受け、長谷川薫は年末家に戻る。そこから薫の少年時代に物語が進む。薫には2つ上の兄一がおり、妹の美貴が、飼い犬のサクラ、そして、仲の良いハンサムで、そして美しい父母がいた。薫はハンサムで学校のヒーローの兄、そして、誰もが振り向く美少女ながら凶暴で物怖じしない、妹にはさまれ、普通の存在として育ったが、長谷川家は幸福で平和な家族だった。物語は少年時代の楽しい、そしてちょっぴり甘酸っぱい少年、少女の恋のエピソードをその大半につぎ込むが、後半は反動か、とてもせつなく、悲しい展開になる。ヒーローだった兄はある日、交通事故に遭い、顔面半分と下半身を失う。それまでのギャップに耐え切れず、事故の1年後くらいにみずから首吊り自殺してしまう。その事故あたりをきっかけに家族は崩壊していく。そして回想は現在に至り、サクラまでもが瀕死を迎えて、崩れは最高潮に。家出からもどった身の置き所がない、普段物静かな父はしかし、この時は意を決して、サクラを助けるために大晦日の夜、病院を探しに行くことを宣言する。かつて幸せだった家族が兄の死を乗り越え、悲しみを内に秘めながらも立ち直っていく姿を描いた作品。女性作家特有の繊細が光る心暖まる物語。

2012年4月24日火曜日

そして、夏へ/一ノ瀬綾・著

伊沢荘というアパートに暮す、様々な年代の独身女性の日々を綴った作品。
萩原美紀は20代、小島弘子は30前半、若林みどりはもうすぐ40代、西村は50代。そして50後半の伊沢克子というメンバーの各々独身であり、仕事を持っていた。萩原美紀はしつこく付きまとう元彼を振り払うために、過去の不倫相手とよりをもどそうとする。そんな折、彼の方からあきらめること、故郷に帰り花やの夢を実現させる事、などを美紀に伝え、別れる。せいせいしたはずが、妙に心むなしさを感じる美紀。小島弘子はバー務めが長く、たった一晩寝た素性の知れない男の子を身ごもり、産む決意をする。若林みどりはバリバリと仕事をこなし、仕事一筋のキャリアウーマン。それなのに、名かなか正当な評価をしてもらえず、男社会の壁を感じ、むなしくなるのだった。西村は夫の浮気をきっかけに、娘達が成人したの契機に別居を始めるが、将来は孤独な一人暮らしか、いたわりのかよわない家族達と一緒に老いてゆくべきかで悩む。伊沢克子は数年前から続く不倫相手の死により、あらためて、一人暮らしの孤独に耐え、残りの人生を過ごしていく覚悟を決める。
女性の自立、といった事に焦点をあてているが、特にトピック的なものも無く、地味な印象を受ける小説だった。

2012年4月16日月曜日

黒い家/貴志祐介・著

小学生の菰田和也が自殺し、父親の重徳と一緒に死体を発見したのは昭和生命の若槻だった。ほどなく重徳から保険金請求がなされるものの、若槻は発見当時の重徳の表情から、直感的に保険金詐欺であることを感じ、独自に重徳の身辺調査に乗り出す。すると過去に幾度も詐欺の経歴があることが明らかになり、若槻は匿名で重徳の妻幸子に手紙を送る。しかし、黒幕は重徳ではなく妻の幸子の方だった。情性欠如者である幸子は自らの保険金受け取りを若槻が邪魔してると思い込み殺そうとたくらみ、また見境無く邪魔と感じる人間を次々と殺していく。幸子の自宅京都の「黒い家」に若槻の恋人恵が拉致された事を知り、幸子に見つかるも、間一髪のところで、恵を救出する事に成功する。しかし、殺人狂と化した幸子は行方をくらます。事件の影響も薄れ掛けた3週間後、幸子の巧みな戦略によって、若槻は深夜の昭和生命支社ビルに一人で孤立することになり、幸子と対峙を余儀なくされる。日本刀のような包丁を振りかざし、迫り来る幸子。右手を切られ、意識も薄れがちな若槻だが、消火器を使い、一撃で幸子の頭蓋骨を砕き、恐怖は去るのだった。
近年珍しくも無い保険金詐欺を題材に取り上げているが、幸子の常軌を逸した行動が恐怖を増徴するサイコスリラー。

2012年4月10日火曜日

もどり橋/澤田ふじ子・著

江戸時代(天明1781-88)期の京都の庶民生活を取り上げた時代小説。京の料理屋末広屋に年季奉公にでることになった百姓の娘、お菊の視点から視た悲喜こもごもの日常。同輩には、有名料理屋の息子才次郎、武家の息子小忠太、才次郎にとりいり、なんとしても未来をきりひらこうとこびへつらう市松、生真面目な又七らがいた。何かにつけ鼻持ちなら無い才次郎がついに年季前に暇をもらい、家業若狭屋を継ぐが、うまくいかない。せっぱ詰まった才次郎は押し込み強盗に入り金品ばかりか、そこの夫婦を殺してつかまり、磔け獄門に。お菊と密かに心を通じてお互いに好き合っていた又七に突如末広屋の娘婿になるという縁談が舞い降り、又七は苦渋の末、お菊ではなく、末広屋を選ぶ。お菊も悩み抜いたが、やがて吹っ切り、末永くこの末広屋で働く覚悟を決めるが、心は晴れない。そんな折、年季が明け、国許で料理指南役をしている小忠太からお菊あてに嫁に来て欲しいと末広屋に使者をよこした。あまりの大きな幸せを前に打ち震えるお菊に、冬の虹が優しく見守るのだった。
題名の「もどり橋」は京都、堀川一条の戻橋。人が人生で幾度と無く出くわす災難の象徴である「川」にかかっている。

2012年4月4日水曜日

下町ロケット/池井戸潤・著

東京大田区の下町、中小企業が、国産ロケットエンジンのバルブシステムを開発し供給するまでの苦闘を描いている。ロケットに関わるシーンは少なく、むしろ弱小企業が、巨大企業に挑戦するための越えなくてはならない、幾多のハードルを現実的に描き出しているところがリアルでおもしろい。
 主力銀行に融資を断られ、同業他社に特許権であらぬ理不尽な訴えを起こされる。逆に提訴し、なんとか逆転の損害賠償を勝ち取るのが前半。後半は、純オリジナル製品を目指す巨大企業に先に特許を取っていたことを強味にその企業よりも更に性能の良いバルブを作り上げ、ついにバルブシステムの一角にくい込むことができるようになるところは感動する。